ボードウォーゲーム対戦記録

Turning the Tables(MiH)(2000年11月23日)

ゲームについて

1942年春の東部戦線第2次ハリコフ戦をあつかったDirk BlennemannのMoments in Historyから出ているウォーゲーム。このTtTシステムの第2作はコマンドマガジン日本版の付録になった死闘!北方軍集団である。

2回目のプレイでシナリオ3「あの橋頭堡を押さえろ」をプレイした。このゲームの3つのシナリオの中ではプレイのバランスがもっともとれていると思えるシナリオである。私はソ連軍を担当した。枢軸軍はK氏である。

このシナリオでは両軍とも基本セットアップに修正を加えることが出来る。1回目に練習としてシナリオ1「飢えた群狼のように」をプレイした際にソ連軍は第6、57軍はPOLTAVA、DNEPROPETROVSK方面への進出にある程度成功したものの、KHARKOV東方のドネツ川方面からの KHARKOVを目指す第28軍の攻撃は阻止され、枢軸軍はソ連軍のミスもあってIzyum戦線突出部の根元の切断に第2ターンの終わりに成功するという展開であった。

作戦方針

前回とは逆のソ連軍を担当することになったが、今回は前回の戦訓を生かして

  1. ソ連戦車軍団の強力な戦力を最大に生かすためKHARKOV東方のドネツ川方面の森林の多い守りやすい地域には投入しない。
  2. DNEPROPETROVSKまでは遠く、占領は難しいので主目標にはしない。
  3. Izyum戦線突出部の根元の切断を許すとソ連軍には致命傷なので主攻勢に影響が出ない限り、可能な限り多くの歩兵で守る。

といった基本方針でKHARKOV東方の第28軍の全ての戦車部隊と強力な親衛狙撃兵を引き抜き、Izyum戦線突出部南西の第57軍から引き抜いた戦車部隊とともに第6軍に配置し、主攻勢としてKHARKOV南方から北に突破させ、KHARKOV、POLTAVAを狙わせる。助攻として第57軍を突出部から南西に突破させDNEPROPETROVSKを狙わせることにした。また、突出部の根元は10へクスもないので根元付近の歩兵戦力を戦車旅団を派遣するなどしてある程度強化しておいた。

第1ターン

ソ連第6 軍は多数の戦車軍団を用いてKHARKOV南方でドイツ軍戦線を突破し、その先頭はハリコフまで3へクスの距離までに達した(→右中央)。また、 Zimyevを占領し、ドネツ東岸Balakleya付近に展開する装甲1個師団を含む4個師団以上の補給路に脅威を与えた(→右下)。このため Balakleya付近から突出部の根元を攻撃すべく配置されたドイツ第23装甲師団は攻撃を中止して補給路を守るべくKHARKOV方面に引き返した。

ドニエプル川方面に攻撃を開始した第57軍も戦術値が低く弱体なルーマニア軍戦線に穴をうがつことに成功した。しかし、ドイツ第3 装甲師団と第60自動車化歩兵師団が駆けつけてきて、ソ連軍の戦力がKHARKOV方面より弱いこともあって早くも突破口はふさがれそうな形勢である(→ 左上)。もっともこちらは陽動攻撃であり、ドイツ軍の機械化部隊をなるべく多くひきつけて膠着状態になればよいと思っているのでこれはこれでかまわない。

KHARKOVに迫るソ連軍

第2ターン

第1ターンの攻撃がほぼ予定通りにいったため、勝利に目がくらんでドイツ軍の戦術値の高さによる強さとこのシナリオが3ターンにしかないことにはかまわず、さらに野心的に作戦を変更した(後から考えるとこれでつかみかけた勝利を逃がした)。すなわちKHARKOV方面ではKHARKOV占領以外に Balakleya付近のドイツ軍の包囲殲滅(補給線切断)を目標に加えたのである。この2つの目標を追うには戦力が不足とも考えられた。そのため、これ以上の進展があまり期待できないドニエプル川方面の第57軍から順次戦力を引き抜いて第6軍に加え、同軍は戦線を縮小して防御体制に移行することにした。

 ドネツ東岸Balakleya付近のドイツ軍の補給線を遮断しようと試みたがドイツ軍も懸命に防戦し、あと一歩のところで包囲はならなかった。また、この攻撃に戦力をとられてKHARKOVを占領できなかった。二兎を追う者は一兎をも得ずである。

KHARKOV 方面に戦力を引き抜かれた第57軍(→左上)の戦線はドイツ装甲部隊の反撃を受けて突破される危機に陥った。しかも第57軍の戦車部隊はKHARKOVに向けて移動途上にあり、KHARKOVでもドニエプル方面でも役に立たない遊兵と化してしまった。Barvenkovo付近でもドイツ装甲部隊の反撃が始まった(→左中央やや下)。

Balakleya付近の包囲網完成に失敗したソ連軍に反撃開始する枢軸軍

第3ターン

いよいよ最終ターンである。この時点ですでに作戦ミスに気が付いたがもう遅い。KHARKOV占領はもはや不可能であり、勝てるチャンスがあるとすればユニット除去による得点のみである。仮にゲーム上は引き分けに終わるとしても枢軸軍に少しでも打撃を与えて今後の戦いを有利に運ぶべく Balakleya付近のドイツ軍に全力で襲い掛かることにした。もはや意地である。他の戦線(特に突出部先端)では順次、部隊を後退させて戦力の維持と戦線の縮小を図ることにした。

Balakleya 付近のドイツ軍包囲を完成させたソ連軍だったが補給切れの影響が出始めるのは次ターンからである。ソ連軍はドイツ軍の巧みな防戦にあってこれを殲滅することは出来なかった。特に第23装甲師団の戦いぶりは見事でソ連の数個戦車機械化軍団の圧倒的な戦力の攻撃を無傷で切り抜けてしまった(→中央)。

突出部先端の第57軍の歩兵部隊と戦線はドイツ装甲部隊によってずたずたにされ崩壊してしまった(→左上)。突出部の根元のBarvenkovo付近でも前線にも強力な攻撃が行なわれてソ連軍は後退を余儀なくされた(→左下)。

Balakleya付近の包囲網を完成したソ連軍だが突出部はすでに維持不能に

結果と感想

結局、勝利得点上からゲームは引き分けに終わってしまった。敗因(引き分けだが)はせっかくKHARKOV前面に進出しながら、ドイツ軍を包囲しようと戦力を分散したこと、また一度配置した第57軍所属の戦車部隊をKHARKOV方面の進展に気を良くして引き抜いて遊兵化してしまい、ドニエブル方面からの反攻を許したことであろう。

唯一の満足としてはこのままこの戦いが進めばソ連軍のIzyum戦線突出部は粉砕されてしまい、ソ連軍の狙撃兵部隊は半数以上を失う大損害を受けるであろうが、包囲されたBalakleya付近のドイツ軍も補給切れとなれば援軍が来るまで持ちこたえることは不可能であろう。また、ソ連軍の戦車・機械化部隊はほぼ戦力を維持できることになる。両軍ともに大損害をうけるがソ連軍は戦線を縮小してドネツ東岸を維持することになるであろう。勝利の名には値しないが史実よりはましな結果というところである。セットアップをいじっているのだからあたりまえといえばあたりまえだが‥‥‥。