ロンメル装甲師団1941

シナリオ6「クルーセイダー作戦」枢軸軍前半(1998年2月27日)

戦闘序列

連合軍部隊組織

 第8軍──第30軍団──第7機甲師団──第7機甲旅団

                               ──第22機甲旅団

                              ──第7支援集団

                 ──第1南アフリカ師団

                 ──第2南アフリカ師団

                   ─────────第4機甲旅団

                   ─────────第22機械化旅団

    ──第13軍団──第2ニュージーランド師団──第4ニュージーランド歩兵旅団

                                   ──第5ニュージーランド歩兵旅団

                                   ──第6ニュージーランド歩兵旅団

              ──第4インド師団──第1機甲旅団

                            ──第5インド歩兵旅団

                            ──第7インド歩兵旅団

    ────────第70歩兵師団──カーパシアン

                           ──第22機甲旅団

    ────────────────────第11インド歩兵旅団

    ────────────────────第29インド歩兵旅団

枢軸軍部隊組織

アフリカ装甲集団──アフリカ軍団──第15装甲師団──第8連隊

                                        ──第115連隊

                          ──第21装甲師団──第5連隊

                                        ──第104連隊

                          ──第90軽装甲師団──第115連隊

                                         ──第361連隊

             ──イタリア第20軍団──第101トリエステ師団

                             ──第132アリエテ師団──第8連隊

             ──イタリア第21軍団──第17パヴィア師団

                            ──第25ボローニア師団

                            ──第27ブレシア師団

                            ──第55サヴォナ師団

                            ──第102トレント師団

作戦構想

このシナリオは「クルーセイダー作戦」全てを再現するシナリオである。枢軸軍はトブルクを占領し、連合軍を撃滅しなければならない。トブルク付近はシナリオ2、国境付近はシナリオ3、砂漠中央部はシナリオ4とほぼ同じ状況である。これらのシナリオと異なるのは期間が長いことと連合軍、枢軸軍ともに各戦線への兵力配分も含めて選択肢が多く、自由度が高いということだ。

枢軸軍は、連合軍の撃滅を第1目標とする。連合軍主力を撃破してしまえば、トブルクを占領できなくても勝利できるであろうし、連合軍主力を撃破する事なしにトブルクを占領する事は不可能であろうからだ。

連合軍は大きく3つに別れて展開している。トブルクにいる第70歩兵師団、砂漠中央部の第30軍団を中心とする部隊、エジプト・キレナイカ国境付近にいる第13軍団を中心とする部隊である。戦力で劣る枢軸軍としては3群の敵を一つ一つ各個撃破する作戦を取らざるを得ない。なぜなら戦力を集中しなければ連合軍の1群とて撃滅する事はできないであろうし、長期戦ともなれば補給物資の点や補充能力などで枢軸軍が不利になっていく一方だからだ。

枢軸軍はビル・ハケイムに第101トリエステ師団。トブルク包囲線付近に第17パヴィア、第25ボローニア、第27ブレシア、第102トレント、第90軽装甲師団とイタリア第20・21軍団の直属部隊。ガンブット周辺に第15・21装甲師団。国境地区に第 55サヴォナ師団。バルディアにDAK直属部隊がいる。

まず連合軍のどの部隊を狙って攻勢をかけるかだが、第30軍団を狙う事にした。なぜなら、第13軍団は東にありすぎて戦力を投入しにくい。第70歩兵師団はトブルク要塞の援護があり、短期間に撃破する事は不可能である。それに引き換え、第30軍団は砂漠中央部におり、枢軸軍主力を投入しやすく、第13軍団との間隙をつけば包囲する事も可能である。第30軍団は第7機甲師団と第1南アフリカ師団からなるが、後者は弱兵であり、前者は高い攻撃力を持つものの、歩兵部隊の支援が少なく、戦車部隊は補給線を遮断されると弱い。

投入戦力をどの部隊にするかだが、一言で言えば他の戦線に連合軍を食い止めて時間を稼げる戦力を配置した残りということになる。

トブルク包囲線を維持するためには第17パヴィア、第25ボローニア、第27ブレシアの3個師団をもってあたる。エル・アデム付近にある第17パヴィア師団を第102トレント師団と交代させ、エド・ドゥダ付近の第25ボローニア師団には第90軽装甲師団が守っている東部の陣地も受け持たせる。トブルク包囲線全体で陣地を整理して部隊を浮かせる。陣地線は工兵部隊をフル活用して強化させる一方ですべて二重にする。断崖がある部分はそれを利用して断崖の後方に支援部隊など弱小の部隊を配置する。断崖は自動車化部隊は通行できず、非自動車化ユニットの移動もかなり困難である。そして断崖を越えての攻撃力は1/20なので防御側に極めて有利である。そしてトブルク内部の連合軍はポーランド軍を除いてすべて自動車化されているので断崖はほぼ通行不能である。ただし、断崖の前の陣地をすべて放棄してしまうと、連合軍にとって戦線が縮少され、突破攻撃地点に戦力を集中しやすくなってしまうので一重の陣地をその前にはって連合軍にも戦線維持の部隊を配置させ、負担を強いる。戦車に有利なトブルク南西は突破目標に選ばれやすいので対戦車・重対空砲を重点的に配置して、陣地強化も最優先で行う。敵が突破を狙ってきた地点には予備部隊を集結させ、さらに砲爆撃の支援を集中する。以上がトブルクに関する方針である。この方針に基づいてトブルク包囲線の3個師団を運用すれば相当長期間にわたって戦線を維持できるという自信を抱くに至った。

国境方面の防衛に関して言えば第55サヴォナ師団とバルディア守備のアフリカ軍団(DAK)直属部隊のみであたる。この戦力で連合軍第13軍団の攻撃を支えきるのは不可能であるため、後退しつつの時間稼ぎに徹する。まずバルディアにいる部隊と国境陣地から後退させる一部の部隊でカプッツォ砦~ソルームの線に陣地を構築させる。第55サヴォナ師団の残りはリビア・オマールとハルファヤ峠付近に集中させて拠点防御させる。ハルファヤ峠についてはDAK直属の自動車化歩兵3個中隊をさらに投入して連合軍との質の差を減少させる。包囲されないように注意しつつ(とはいっても側面を守る戦力はないのだが)、包囲されるぐらいなら後退する覚悟でできるだけハルファヤ峠~リビア・オマールで時間を稼ぎ、支えきれなくなればカプッツォ砦~ソルームで抵抗し、そこも支えきれなくなればバルディアに後退して抵抗する。これが国境方面の方針である。ここでどれだけの戦力をひきつけられるかが砂漠中央部の作戦の成否に大きく影響する。

砂漠中央部ではドイツ軍の2個装甲・1個軽装甲師団とイタリア軍の第101トリエステ・第102トレント・第132アリエテ師団とイタリア第20軍団直属部隊・DAKから第21装甲師団に転属させる2個機械化偵察大隊で連合軍第30軍団を攻撃する。イタリア軍の投入部隊は自動車化されているかどうかという判定基準で選んだ。

具体的な作戦としてはまず第101トリエステ師団は南下させて、北上してくるであろう第29インド旅団を撃滅した後でエル・クアスクへ進撃させる。場合によっては第1南アフリカ師団と戦う事にもなるだろうが、質の差もあり優位に戦いを進められるだろう。第 102トレント師団はイタリア第20軍団直属の部隊とともにビル・エル・グビ防衛を受け持たせる。そして連合軍が包囲されたら攻勢に出る。第132アリエテ師団は南下させて第22機甲旅団を撃滅し、エル・クアスク方面へ進撃させる。第22機甲旅団は強力ではあるが部隊数が少ないため、包囲して撃滅する事は可能であろう。第1南アフリカ師団と遭遇した場合はやがて南から進撃してくる第101トリエステ師団と共同でこれを包囲撃滅する。第90軽装甲師団はシディ・レゼク方面から南下して第7機甲師団と戦う。この師団は2個装甲師団が敵の後方を遮断するまでは敵をひきつけておけば良い。隙があれば南下してエル・グデナットやビル・エル・エッセムを奪取する。ドイツ第15・21装甲師団は第4機甲旅団を撃滅してガブル・サレーフを占領。その後はエル・クアスク方面の第101トリエステ師団あるいはビル・エル・グビ南方の第132アリエテ師団と手を結んで第7機甲師団の補給線を遮断して後に6個師団全軍をもってこれを撃滅する。国境方面から連合軍の1個歩兵師団が砂漠中央部に向かってきた場合はこれを第21装甲師団で迎撃する。連合軍第13軍団を撃滅した後は、東へ向かって進撃し、第30軍団を包囲攻撃する。以上が具体的な作戦である。

このような長期戦では部隊を壊滅させてしまえばとり返しがつかない。重要拠点などは敵兵力を撃滅すれば自ずと手に入るのである。よって拠点よりも兵力の温存を優先し、敵拠点の占領よりもなるべく敵のユニットを包囲して完全に撃滅せねばならない。

11月19日

補給レベルは第21軍団・第17パヴィア師団・第25ボローニア師団・第27ブレシア師団は「防御」。残りは「標準」。

第1ターン

連合軍は国境陣地に空爆をかけてきて、ハルファヤ峠とリビア・オマール周辺に部隊を前進させてきた。リビア・オマールでは重対空砲大隊が配置されていて爆撃機に21パーセントの損害を与えた。長期戦のため消耗を避けねばならないのは爆撃機も同じである。対空砲が配備されている場合には爆撃は控え、我が軍が行動する際にはなるべく対空砲の援護を受けながら行動すれば連合国空軍に出血を強いる事ができる。

枢軸軍は所定の計画に従い、移動を行った。ガブル・サレーフとビル・エル・エッセムの間にダミー部隊が突入し、各部隊の移動もほぼ計画どおりであったが、アフリカ軍団直属の3個自動車化歩兵中隊をハルファヤ峠に配置する事はできなかった。原因は連合軍空軍の交通妨害とそれによる渋滞である。 砂漠中央部では、連合軍はなぜかビル・エル・グビやシディ・レゼクに向かって前進してこない。前進してきた連合軍を第102トレント師団と第90軽装甲師団で受け止めて、残りの部隊で側面と後方から包囲するという構想を読まれたのだろうか。

第2ターン

国境地帯のリビア・オマールとハルファヤ峠には早くも連合軍の攻撃が開始された。枢軸軍はハルファヤ峠にはロンメルを投入して防衛にあたった。両方ともかろうじて持ちこたえたが、リビア・オマールは次のターンには陥落しそうである。質の差というものは大きい。やはり第55サヴォナ師団には攻撃レベルの補給を与えて少しでも質を向上させておくべきだったかと後悔する。この方面で時間を稼がなくては枢軸軍の作戦構想が崩壊してしまう。ハルファヤ峠には第1ターンに間に合わなかった増援を入れ、周辺の陣地も強化したので当分陥落する事はないだろう。

砂漠中央部では連合軍が前進してこないため、「後の先」は放棄せざるを得ない。「先の先」という積極攻勢を行う事にする。計画としては部隊の量で圧倒しているのを利用して北からはドイツ軍の3個師団、南からはイタリア軍の3個師団で挟撃して連合軍を包囲寸断し、各個撃破するというものである。

第101トリエステ師団は、エル・クアスク東方で遭遇した第29インド旅団と思われる部隊の先鋒を包囲すべく、大きく展開して包み込むような機動をしたところ、思いがけず1個旅団をほぼ包囲する事に成功した。連合軍が旅団ごとに別れているところを1個師団の部隊の数で圧倒して包囲せん滅するという基本方針なのだが、こんなにもはやく成功するとは思わなかった。もちろん包囲網は薄く万全ではないので状況はまだ楽観できない。

第132アリエテ師団も第1南アフリカ師団の機械化偵察大隊と思われる部隊を包囲した。ガブル・サレーフとビル・エル・エッセムの間に突入したダミー部隊は西へ駆け抜けて第132アリエテ師団と手をつないだ。これで第7機甲師団の半数以上の補給線を遮断したはずだ。第90軽装甲師団はエル・グデナットへ前進し、早くも無防備になっていた同地点を占領した。何で無防備なのか解せなかったが、南方から1~2個旅団の部隊がその後北上してきたのから推測すると、どうやら部隊の配置転換の間隙を衝く事ができたようだ。

第102トレント師団はようやく戦闘部隊の半数ほどをビル・エル・グビ東方に集結できた。予定よりかなり遅れている。第17パヴィア師団の動きが遅く、なかなかトブルク包囲の陣地線を譲れない。第15・21装甲師団はガブル・サレーフの北および北東で2個旅団程度の連合軍と遭遇した。このターンの機動によって連合軍の第7機甲師団と2個独立旅団のうち3個旅団がビル・エル・エッセム周辺に、2個旅団がガブル・サレーフ付近にあるのが確認された。第2ニュージーランド師団と第4インド師団は国境方面にいるようであるし、あと不明なのは第1南アフリカ師団主力がどこにいるかである。

第3ターン

国境地帯では死守命令を発してリビア・オマール守備隊は連合軍の攻撃を支えたが、その戦力は著しく減少しつつある。また戦車部隊などがリビア・オマール後方に迂回して浸透しつつあり、きわめて危険な状況である。これに対し、増援部隊を入れる事に成功したハルファヤ峠では前面から第11インド旅団が後退した。単に疲労回復のためなら良いのだが、迂回作戦で後方に回り込むつもりかもしれない。

第21装甲師団はロンメル直接指揮下に連合軍第4機甲旅団を攻撃し、ダミー1、戦車大隊1を壊滅させ、戦車大隊・機械化偵察大隊各1を包囲する事に成功した。第15装甲師団はガブル・サレーフに突進したが旅団規模の敵に阻止されてしまった。第102トレント師団もエル・グデナットの西で機械化偵察大隊1を包囲した。第90軽装甲師団はエル・グデナットとビル・エル・エッセムとの間の道路で連合軍のダミー部隊の隊列を攻撃し、5ユニットを壊滅させた。第132アリエテ師団は第1南アフリカ師団の機械化偵察大隊をせん滅した。第29インド旅団を包囲下に置いた第101トリエステ師団は内部からの攻撃を受けた歩兵部隊が敗退したものの、第29インド旅団司令部を撃滅し、第29インド旅団を完全な包囲下に置く事に成功した。

枢軸軍の機動兵力全てを投入した砂漠中央部では枢軸軍が優勢である。しかし、枢軸軍は隊列の伸び切った第7機甲師団を寸断しつつあるものの、完全包囲するには至っていない。原因は連合軍が枢軸軍装甲師団のガブル・サレーフへの攻撃を予期していたようで第7機甲師団を攻勢のため前進させるどころか後退させてガブル・サレーフ方面へ移動させていたためである。国境方面は苦しい状況ながらも良く持ちこたえている。しかし、明日にはリビア・オマールは陥落し、全部隊をカプッツォ砦・ソルーム間に建設中の第2防衛線へ後退させる必要があるだろう。

トブルクでは内部の連合軍の動きが皆目分からないが、防衛陣地構築は順調である。完成の暁にはそう簡単には突破されないであろう。このターンの連合軍に与えた損害はほとんどダミーばかりであったが、これでおとりにだまされる事はなくなったとみずからを慰めた。

第4ターン

リビア・オマール北方でリビア・オマール守備隊の補給線を守っていた第55サヴォナ師団の歩兵大隊が第2ニュージーランド師団の夜間攻撃を受けて敗退してしまい、リビア・オマールは補給線を断たれてしまった。明日の朝には確実に陥落してしまうだろう。

砂漠中央部では、捕捉しそこねた第7機甲師団の退路を何とか断とうと第132アリエテ師団を夜間戦略移動でガブル・サレーフ南方に向かわせたが、移動力不足と敵の伏兵への警戒からあまり無謀な突進もできず、ついに退路を断つ事はできなかった。また、ガブル・サレーフやビル・エル・エッセム周辺では連合軍の夜間攻撃が行われ、ダミー部隊2が撃滅されてしまった。しかし、この攻撃と砲撃や接触している部隊からの情報によって第1南アフリカ師団がガブル・サレーフにいる事が初めて判明した。もう1ターン早くわかれば、第132アリエテ師団をガブル・サレーフではなく、エル・クアスク方面からリビア・オマール周辺の連合軍の後方へ突進させるという選択肢もあったのだが。 しかし、これで第101トリエステ師団は妨害を受けずに包囲している第29インド旅団を攻撃できるので、この部隊を第29インド旅団撃滅後に連合軍の後方に向かわせれば良いのだと考える事にした。

第5ターン

とくに移動を行わずに休養に専念した。連合軍の夜間戦略移動を行おうとしたダミー部隊を伏兵によってせん滅した。

第6ターン

第4ターンの連合軍の夜間移動と夜間攻撃によって断たれたリビア・オマール守備隊の補給線を回復すべく、第55サヴォナ師団の2個大隊を夜間戦術移動させて補給線を回復させた。移動した部隊は猛烈な疲労・混乱を起こしているが、接している部隊は先に夜間攻撃を行った部隊で枢軸軍以上に疲労・混乱しているため、心配はない。

第6ターンリビア・オマール周辺戦況図連合軍の猛攻を受けているリビア・オマール

砂漠中央部では連合軍のダミー部隊を再び伏兵でせん滅した。これで連合軍にダミーは存在しなくなったはずである。一方、ガブル・サレーフ北方にある第15装甲師団に北側からかなり強力なスタックが接近してきた。また、第29インド旅団を包囲している第 101トリエステ師団に第22機械化旅団が向かってきた。おそらく第29インド旅団を救出するための部隊と思われる。

第6ターンエル・クアスク周辺戦況図第29インド旅団を包囲攻撃する第101トリエステ師団

ガブル・サレーフの北では強力な(と思われる)スタックが第15装甲師団の戦線の北に回り込んできて4個大隊以上が補給線を遮断されてしまった。

第6ターンガブル・サレーフ付近戦況図ガブル・サレーフ付近の戦況。枢軸軍が優勢

11月20日

補給レベルは、第30軍団・第1南アフリカ師団・カーパシアンは「標準」。残りは「攻撃」。

第7ターン

第101トリエステ師団は包囲した第29インド旅団の機械化偵察大隊を撃滅したが、不用意な追い出し攻撃もあり、残り3個大隊には包囲網から脱出されてしまった。

リビア・オマールに対する攻撃はロンメルを投入した事もあって撃退したが、守備隊の戦力は半減してしまい、もはや保持しつづけるのは不可能である。

砂漠中央部では第132アリエテ師団がガブル・サレーフ南方に進撃し、第1南アフリカ師団と第7機甲師団を包囲しつつある。第21装甲師団は連合軍の戦車部隊に大きなダメージを与えた。また第102トレント師団はビル・エル・エッセムを占領し、同地点より北をほぼ掃討してしまい、第90軽装甲師団とともに2個師団を南方に投入できる態勢になりつつある。しかし、第15装甲師団は連合軍に補給切れになった部隊を空爆され、かなりの損害を出してしまった。なんとか補給線は回復したものの先が思いやられる。

第8ターン

国境地帯では、連合軍の攻撃を失敗させ、一時的にリビア・オマールの周囲から撃退した隙を突いてリビア・オマール付近の4個大隊を脱出させる事に成功した。しかし、ついにリビア・オマールは陥落してしまった。

第8ターンリビア・オマール周辺戦況図リビア・オマールの守備隊は脱出に成功した。

ガブル・サレーフでは枢軸軍の6個師団が連合軍の第1南アフリカ師団と第7機甲師団を包囲しつつある。このターンの機動で手薄だった南方の包囲網も強化することに成功した。連合軍はガブル・サレーフから撤退や脱出する様子も見せず、第 15装甲師団に包囲された自動車化歩兵2個大隊と自動車化対戦車2個中隊を救援しようと補給切れで弱体化している第15装甲師団の装甲歩兵を狙って攻撃してきたが、これは撃退した。第132アリエテ師団は司令部と隣接する事に成功し、これを全力を挙げて攻撃し、第1南アフリカ師団と第7支援集団の司令部をせん滅した。

第8ターンガブル・サレーフ周辺戦況図"狭まりつつある包囲網

第101トリエステ師団は巧みな迂回機動によって第29インド旅団と第22機械化旅団を再び包囲する事に成功しつつある。

第8ターンエル・クアスク周辺戦況図連合軍の5個大隊が追いつめられている。

第9ターン

第55サヴォナ師団の守備隊がリビア・オマールを脱出できたまでは良かったのだが、砦の援護がなくなったところを砲撃され、かなりの被害を出してしまった。

第132アリエテ師団はガブル・サレーフを占領したものの、連合軍司令部への攻撃に失敗し、南方へ脱出できる回廊を作られてしまった。しかし、このターンの攻撃で第1南アフリカ師団には甚大な損害を与えており、脱出できるのは戦車・自動車化歩兵各1個大隊と砲兵2個大隊、あとは司令部くらいであろう。第22機甲旅団も第102トレント師団が完全に包囲しており、脱出は不可能であろう。

第101トリエステ師団は、第29インド旅団と第22機械化旅団の主力を包囲する事に成功した。

トブルクでは開始以来、はじめて動きがあった。カーバシアンの1個歩兵大隊が西方の第27ブレシア師団の守る枢軸軍陣地に接近してきたのだ。この程度の戦力で突破されるような陣地ではないが、本格的な攻撃の前触れの偵察と考えられ、警戒を怠らないようにする必要がある。

砂漠中央部の連合軍を撃滅するという初期目標は明日にはほぼ達成できる見込みである。しかし、連合軍の空爆のおかげで枢軸軍の出血も予想以上である。特に歩兵部隊は補充などでは追いつかない被害を受けつつある。またリビア・オマールが陥落したため、国境方面の連合軍がガブル・サレーフ方面に向かってくる可能性もある。第55サヴォナ師団によるシディ・アゼイスとソマールを結ぶ第2防衛線は完成しつつあるのでできれば北上してほしいものだ。そうすれば枢軸軍主力は包囲した連合軍を壊滅させた後、北上して手薄になった連合軍の背後を突く事ができる。

第10ターン

リビア・オマールから脱出した部隊のうち、歩兵1個大隊が伏兵と圧倒的な攻撃を受けて全滅してしまった。連合軍はリビア・オマールとハルファヤ峠の間を主力に突破させているようでハルファヤ峠から後方へ向かう道路を遮断されてしまった。もっとも海岸沿いにソマールへ向かう道路は健在であるし、第2線陣地があるのでそれほど心配はしていない。念のためハルファヤ峠付近から歩兵2個大隊を引き抜いて第2線陣地を強化した。

ガブル・サレーフでは夜間戦略移動によって包囲した連合軍の脱出をほぼ阻止できた。また第132アリエテ師団と同師団所属の第8連隊の司令部が接触した第7支援集団の自動車化歩兵大隊に攻撃されたが、これは予想していたのでロンメルを使い、撃退に成功した。

第101トリエステ師団が完全に包囲した部隊も内側から夜間攻撃で包囲網突破を狙ってきたがこれも撃退に成功した。

第11ターン

トブルク東方の枢軸軍包囲線に隣接してきたカーバシアン所属の歩兵大隊は要塞線に後退していった。攻撃をあきらめたのだろうか。トブルク内部の様子がまったく把握できないので不安ではある。

第12ターン

休養に専念して両軍ともに目立った動きはなかった。

11月21日

補給レベルは、イタリア第21軍団、第17パヴィア師団、第25ボローニア師団、第27ブレシア師団は「防御」。残りは「標準」。

第13ターン

第101トリエステ師団は包囲した第29インド旅団の残存兵力を全滅させた。これで第29インド旅団は全滅し、第22機械化旅団も半身不随にしたと考えられるので付近にはこの師団の進撃を止められる部隊は存在しなくなったはずだ。

リビア・オマール後退した第55サヴォナ師団はシディ・アゼイスからソルームにかけての第2防衛線にこもっているが連合軍はまったく前進してこない。いったいどこにいるのであろうか。この師団が第13軍団をひきつけて、その間に主力で後方を遮断する構想なのだが。

砂漠中央部では包囲した部隊に猛攻を加え、第22機甲旅団と第1南アフリカ師団を壊滅させた。戦力に余裕ができたので第21装甲師団をさらに南方に向けて突進を開始させた。第102トレント師団と第15装甲師団も次のターンには追及できる見込みである。

第13ターン戦況図第30軍団を壊滅させ、南方への突進を図る枢軸軍主力

第14ターン

第101トリエステ師団は第22機械化旅団の残存兵力を追撃しつつエル・クアスクへ向けて進撃した。ガブル・サレーフ方面からは第102トレント師団が同地点へ向けて南下しつつあり、次のターンにはエル・クアスクで会合できるであろう。砂漠中央部にはほとんど連合軍の組織的兵力は残っていないと思われるのでまず合流は成功するはずだ。ガブル・サレーフ付近のアフリカ軍団と第132アリエテ師団は包囲した連合軍を攻撃しつつ、リビア・オマール南方へ向けて突進した。このターンの攻撃でガブル・サレーフ付近に残る連合軍は司令部2つを残して壊滅させる事ができた。

国境方面ではカプッツォ砦付近の陣地にこもった第55サヴォナ師団に対して連合軍は攻撃をかけてこず、第13軍団の所在は依然不明である。

第15ターン

第30軍団を撃滅する事に成功した枢軸軍主力6個師団は進撃を再開した。ところがリビア・オマールを占領した連合軍第13軍団はせっかく占領したリビア・オマールを放棄した模様である。守備兵力を把握するためにリビア・オマールに向かったダミー部隊はあっさりと無防備の同地点を占領する事に成功した。リビア・オマール南方に突進したドイツ・アフリカ軍団も連合軍兵站部を蹂躪して400トン以上の物資を手に入れたものの敵影を発見する事はできなかった。

どうやら連合軍はバルディア方面への攻勢を断念し、リビア・オマール付近にとどまり、枢軸軍に包囲されるのを恐れて奥地へ後退しているようだ。これは歓迎すべからざる事態である。私の目論見ではリビア・オマールを攻略して北上し、カプッツォ砦かシディ・アゼイスに攻撃をかけている連合軍の背後を遮断するつもりであった。悪くてもリビア・オマール付近で主力同士が激突して第30軍団を撃破したことによって部隊数で優勢な枢軸軍が連合軍を包囲するという展開になる事を願っていたのだ。

連合軍が後退した場合、補充力に乏しく長期戦を嫌う枢軸軍としては追撃する必要があるが、追撃すればするほどトブルクから離れざるを得ず、トブルクの包囲線が突破された場合に救援に駆けつけられなくなる。また広大な砂漠で敵主力の位置が不明なのも問題だ。連合軍が枢軸軍の進攻方向と戦力を比較的容易に把握できるのに対して、敵地を進む枢軸軍は疲労も蓄積する。部隊を分散すると各個撃破される恐れがあるし、集中しすぎると敵を発見できない場合もありうる。大部隊がまとめて敵の罠に落ちて包囲される危険もある。最初からこのような後退戦術をとられていたらきわめて難しい選択を迫られたであろう。しかし、戦力で優勢な現状なら、トブルク包囲線が破られるよりも前に連合軍主力を撃滅できるはずだ。トブルク包囲線を強化せねばならない。

そのトブルクで連合軍は東部の第25ボローニア師団の陣地を執拗に集中的に砲撃している。ここを突破する事を狙っているのは間違いない。西部に比べると突破された場合の脅威度は低いとは言え、突破を許すわけにはいかない。幸い、西部の陣地は格段に強化されつつあり、余剰戦力を東方へ移す事もできる。あるいはこれは陽動で真の狙いは西方かもしれない。しかし、損耗して弱体化しつつある第25ボローニア師団をこのまま放置する事はできない。

第16ターン

ガブル・サレーフ南方にまで到達した第15・21装甲師団の主力に対して他の師団や支援部隊の進撃は遅れている。戦力を再集結しないと連合軍と接触した際に不利な態勢で戦端を開く事になってしまう。連合軍に態勢建て直しや陣地構築の時間を与えたくなかったが、いったん進撃を停止して他の部隊が追いついてくるのを待つ事にした。しかし、このターンだけでは完全に戦力を再集結できなかった。

第17ターン~第18ターン

第16ターンの移動で完全に戦列を整える事はできなかったが。戦列が伸び切っていた第15ターン終了時よりはましな態勢なので明日に備えて休息させる。相変わらずトブルク以外のイギリス軍の消息は不明だ。それに対してこちらはガブル・サレーフから逃れた連合軍の第22戦車旅団とエル・クアスク方面から逃れた第22機械化旅団司令部をアフリカ軍団が伏兵したものの、第22機械化旅団司令部は生き残ってしまい、主力部隊の位置を連合軍に把握されてしまった。

11月21日

補給レベルは、イタリア第21軍団、第17パヴィア師団、第25ボローニア師団、第27ブレシア師団は「防御」。残りは「標準」。

第19ターン

補給物資はそれほど不足してきてはいない。が、今日中に枢軸軍のエジプト領内に侵攻している主力は、連合軍と本格的な戦闘には入らないと予測されるため、抑え気味の補給量にする。なにしろ枢軸軍の物資は、全部隊に攻撃補給を与えれば3日程度しかもたないと考えられるので節約しなければならない。

未だ後退した連合軍第13軍団を追撃してはいるものの、捕捉できない。枢軸軍としてはなんとしてもこれを撃滅する必要がある。そのための構想としては次のようなものになる。

連合軍の兵力配置の予想としては第29インド旅団がハルファヤ峠東方にあり、残りの歩兵2個師団と支援部隊はソファフィ周辺で断崖や岩場を利用した防衛態勢をとっているものの推測される。良質の歩兵部隊中心で防衛正面も限られているため、砂漠中央部でのように補給を断つのも難しいし、簡単には撃滅できないはずだ。これに対し、枢軸軍は次のように兵力を部署した。

カプッツォ砦付近の第55サヴォナ師団はアフリカ軍団直属の砲兵の支援を与えて防衛から攻撃に移行させる。リビア・オマール南方にまで枢軸軍の大部隊が侵攻している現状では連合軍が北上して侵攻してくる可能性はないと判断したためである。この師団は一部をハルファヤ峠の防衛にあてつつ、主力はハルファヤ峠から南西に伸びる断崖のハルファヤ峠から14ヘクスの距離にある切れ目を目指して前進させる。そしてそこにもし連合軍の守備隊がいたならそれを排除して断崖を北に抜けて海岸道路をハルファヤ峠から東に10ヘクス程度の地点で遮断する。これで恐らく第29インド旅団の後方を遮断する事ができるのでこれをハルファヤ峠付近の部隊と共同して包囲せん滅する。もし包囲できない場合、断崖を北に抜けてさえしまえばいくら強力でも旅団規模の戦力では1個師団の部隊を阻止する事はできないはずである。よって同じように包囲するか、ソファフィ方面から連合軍兵力を吸引する事ができるであろう。

エル・クアスク南西の第101トリエステ師団はさらに南西へ進撃させマップの南端に達した後は東進し、マップの東端に達した後は北上させる。この師団の任務はリビア・オマールからソファフィめがけて東進する主力の南翼の援護をしつつ、マップの端にあると思われる連合軍の兵站部を制圧して物資を奪取する事、そしてできれば手薄と思われるマップの端を突破して海岸にまで達し、連合軍の補給を断ってしまうことである。

第15・21装甲師団、第90軽装甲師団、第102トレント・132アリエテ師団はリビア・オマールの南からソファフィめがけてまっすぐ東進させる。おそらくこの部隊が連合軍の主力と正面衝突する事になろうが可能な限り消耗戦は避け、補給線を脅かしつつ少しずつでも連合軍を包囲して壊滅させる。場合によっては第55サヴォナ師団や第101トリエステ師団に増援を派遣する。以上のような計画である。

ところが実践に移すとこの計画はなかなか難しい事がわかった。第55サヴォナ師団は自動車化されておらずその進撃速度は遅々としたものになった。第101トリエステ師団こそほぼ計画どおりに移動したものの、残りの5個師団は連合軍の妨害爆撃とあまりに大量の部隊を1本の道に集中した事もあって大渋滞によってほとんど前進できなかった。連合軍の兵站部2つを制圧して300トン近くの物資を手に入れたのがせめてもの慰めであった。

第20ターン

1本の道に大部隊を集めても渋滞する事がはっきりしたので枢軸軍は5個師団を道路外に分散させて前進させた。しかし、それでも狭い地域に多くの部隊が集中したため、計画どおりの前進はできなかった。マップの南端を東方に進撃している第101トリエステ師団にはこのような問題はないので迅速にマップの東端に近づきつつある。

第55サヴォナ師団が担当しているハルファヤ峠への砲爆撃も執拗で守備隊は相当に痛めつけられてしまった。ここを突破されると枢軸軍の後方が非常に危険になるため、第55サヴォナ師団はハルファヤ峠の守備に徹させる事にする。どの道、この師団を攻撃に使うのは無理ではないかと思い始めていたのだ。

トブルクでは相変わらず包囲線の最西端と最東端に砲爆撃が集中している。特に東側の第25ボローニア師団はかなり痛めつけられてしまった。

第21ターン

枢軸軍の主力のうち、ドイツ軍3個師団はようやくソファフィの前面に到着しつつある。イタリア軍の3個師団は南側のルートを迂回したので遅れている。先行偵察したダミー部隊とあてずっぽうの爆撃から得られた情報から推測すると連合軍の防衛線はソファフィからマップの東端に向かう道路の北側にある岩場とかれ谷を利用して構築されているようだ。ソファフィ周辺とソファフィとハルファヤ峠の中間の断崖の切れ目には第2ニュージーランド師団が布陣し、第4 インド師団はその東方に布陣していると思われる。

これに対して枢軸軍は22日にまずドイツ軍3個師団がソファフィ周辺から北方に攻勢を開始する。そして23日にはその西側からイタリア軍3個師団に攻勢を開始させるという計画をたてた。この防衛線は地形からいっても、また守備兵力と守る正面の長さなどからも守備側に有利な場所である。しかし、1ヶ所でも突破すれば、枢軸軍は大量の兵力を突破口に注ぎ込み、おそらく海岸に達する事ができるであろう。連合軍の弱みは補給供給源が2ヶ所しか残っていない事である。そして全ての戦線に強力な縦深陣地を築くほどの兵力もないはずである。私の期待としてはドイツ軍の猛攻を支えきれなくなって連合軍がマップの東端近くの部隊をソファフィ周辺に振り向けたところをイタリア軍を突破させるというものである。マップの東端を海岸まで達する事ができればこの戦闘は勝利するのだから。

第22ターン

枢軸軍は夜間戦略移動によってドイツ軍の戦列を整え、攻撃準備を完了した。

主戦場から遠く離れたトブルクでは包囲線を維持するために痛めつけられた部隊をやりくりして苦しい状態が続いている。このままでは西か東に突破されると判断したので南方の陣地線を断崖にまで下げて守備正面を縮小して部隊を抽出し、敵の攻勢に備える予備戦力とした。

第23~24ターン

移動に告ぐ移動で各部隊とも疲れており、翌日に備えて休養させる。

11月22日

(申し訳ありませんが記録が消失してしまっております)

11月23日

補給レベルは、イタリア第21軍団、第17パヴィア師団、第25ボローニア師団、第27ブレシア師団、第55サヴォナ師団は「防御」。第5、8(独)、104、105、155、361連隊は「攻撃」。残りは「標準」。

第25ターン

いよいよ連合軍の防衛線に攻撃を開始する日が来た。アフリカ軍団の主力には十分な補給を与える。連合軍はハルファヤ峠の前面とソファフィの周辺に猛烈な砲爆撃を行って枢軸軍の進撃を遅延させようとしたが、大した効果はなく、各部隊とも順調に前進できた。アフリカ軍団はソファフィ前面で装甲部隊によって蹂躪を行い、ソファフィ西方2ヘクスとソファフィ南東の2スタックを壊滅させた。この結果、第15装甲師団は早くも断崖の切れ目に橋頭堡を築くに至った。ソファフィ付近だけでなく、その東方でも枢軸軍は前進した。この結果、連合軍の防衛線はソファフィから東に伸びるように形成されている事が判明した。しかし、第1線に配置されている連合軍部隊が予想より少ないようだ。どこかに反撃用の予備部隊か第2の防衛線があるのかもしれない。

第25ターン戦況図ソファフィ付近で主攻勢を行うアフリカ軍団

第26ターン

ドイツ・アフリカ軍団は攻勢を継続し、ソファフィの占領に成功した。しかし、連合軍の砲爆撃による損害をかなり受けてしまった。はやく突破して連合軍の強力な砲兵を黙らせないと主力部隊が消耗しきってしまう可能性がある。連合軍は狭い正面にかなりの兵力を集中しており、突破するにはかなりの時間がかかりそうだ。

ソファフィの東方にはようやくイタリア軍の3個師団が到着して攻撃準備を整えつつある。しかし、明日まで部隊を遊ばせておく事はないので第102トレント師団の一部を利用してマップの東端を北に浸透移動で突破して連合軍補給源を狙わせてみる事にした。

第26ターン戦況図イタリア軍はマップの東端から連合軍の背後に浸透する

第27ターン

枢軸軍装甲部隊はソファフィの北と東に突破すべく猛攻撃をかけて第5ニュージーランド歩兵旅団司令部を含むいくつかの部隊を壊滅あるいは大打撃を与えたものの、突破することはできなかった。しかし、ソファフィから北東に向けて突破しようとする第21装甲師団を阻止する戦力を恐らく連合軍は持っていないであろう。これに対して北へ突破しようとしている第15装甲師団は連合軍の猛烈な砲爆撃によってかなりの損害を被り、地形や前面の敵兵力から見ても大きな成果は期待できそうにない。

ドイツ軍の西方ではイタリア軍も連合軍の第1線部隊を拘束すべく前進して接触した。また第102トレント師団はマップの端から北に浸透する事に成功しつつある。この右腕がドイツ装甲師団の左腕と合流すれば連合軍の強力な2個旅団程度の部隊を包囲できるはずである。

第27ターン戦況図 ソファフィの北では苦戦しているが、北東に向けての進撃は順調

第28ターン

これまでの戦闘などから判断すると連合軍は第1機甲旅団を含む第4インド師団がソファフィ北方~ブクブク方面に展開し、第2ニュージーランド師団がその東方に展開している模様である。砲兵部隊の配置は不明である。ソファフィからブクブクに向けての北への突破は第15装甲師団をあてているが、この5 ヘクスほどの正面しかない岩場が多い防衛側に有利な戦区では突破は不可能と判断するに至った。このため作戦を修正することにした。

第21装甲師団と第90軽装甲師団はソファフィから北東に攻撃して連合軍の防衛線を突破し、道路沿いにマップの東端めざして進撃させ、第2ニュージーランド師団の補給線を遮断する。第15装甲師団は一部を北東へ進撃するドイツ軍主力の側面援護にあてて第4インド師団を拘束しつつ、主力は第4インド師団からはなれて第21装甲師団とともに北東への突破を目指す事にした。

第29ターン

第102トレント師団の歩兵1個大隊はマップの最東端を北上して戦略移動で連合軍の補給供給源を狙ったが、そこは陣地化され司令部が守備していたので逆に伏兵によって痛手を受け、奇襲は失敗した。連合軍は第102トレント師団が陣地線後方に進入した事と第21装甲師団によって陣地線が破られつつある事を考慮して陣地線を放棄する事にした模様で第2ニュージーランド師団の諸部隊は撤退を開始した。しかし、すでに後方には第102トレント師団が脱出を阻止すべく配置されており、陣地の防御もないこれらの部隊を明日には壊滅させる事ができるであろう。

第30ターン

移動につぐ移動で各部隊とも疲れており、翌日に備えて休養させる。連合軍は部隊を後退させて防衛線を再構築しようとしているようだが、陣地を完成させる事はできないであろう。

11月24日

補給レベルは、イタリア第21軍団、第17パヴィア師団、第25ボローニア師団、第27ブレシア師団、第55サヴォナ師団は「防御」。アフリカ軍団、第15・21装甲師団、第90軽装甲師団、第5、8(独)、104、105、155、361連隊は「攻撃」。残りは「標準」。

第31ターン

枢軸軍は連合軍防衛線の中央を突破し、第2ニュージーランド師団を包囲下に置いた。依然、連合軍の強力な砲兵部隊の所在は不明ではある。しかし、これだけの規模の部隊の突進を砲兵のみで阻止する事は不可能であり、国境地帯決戦における枢軸軍の優位はもはやゆるがないであろう。連合軍がこの付近に注意が集中しているためか、トブルク包囲線やハルファヤ峠に対する砲撃は止まっている。連合軍の野戦部隊を壊滅させるまで思い出さないで欲しいものだ。

 第31ターン戦況図圧倒的な数の枢軸軍は連合軍の分断包囲に成功しつつある

第32ターン

枢軸軍は兵力が狭い地域に集中しすぎており、移動や部隊配置にも困難をきたすようになってきたので主力を二分割することにした。第2ニュージーランド師団の残存兵力を撃破してマップの東端を北上し、連合軍補給源を占領するという任務はもうイタリア軍の3個師団に任せることができると判断し、ドイツ軍はソファフィ北方で抵抗する第4インド師団を突破して海岸へ向かい、ブクブクを占領した後はハルファヤ峠の前面の陣地にこもっている第29インド旅団を壊滅させるという作戦目標を与えることにした。

こうした方針のもとに移動・攻撃を行ったが第2ニュージーランド師団の残存兵力は執拗な抵抗を示し、ソファフィ北方へスイングしたドイツ装甲部隊も強力な連合軍によって阻止されてしまった。しかし、このターンの移動で第2ニュージーランド師団と第4インド師団のほぼ全戦闘部隊が枢軸軍と直接対決していることが確認でき、側面から奇襲を受ける心配は少なくなった。

第32ターン戦況図戦線が狭いために遊兵が多くなってきている枢軸軍

第33ターン

枢軸軍は第101トリエステ師団を海岸まで突破させることに成功した。またソファフィの北でも大突破こそできないでいるものの、しだいに第4インド師団を圧迫して2個旅団以上を包囲しつつある。第2ニュージーランド師団の残存兵力も孤立し、包囲される寸前である。このように国境決戦で枢軸軍は勝利しつつあったが、西方のトブルクからは憂慮すべき知らせが届いていた。ついにトブルク内部のイギリス軍が突出を開始したのである。

第33ターン戦況図イタリア軍は海岸への突進を行った。

第34ターン

枢軸軍は、突破に成功した第101トリエステ師団をブクブク方面と海岸沿い東端の補給源に二分して進撃させた。そしてその一部は、連合軍の東方にある最後の補給源の周囲を封鎖することに成功した。また第132アリエテ師団とイタリア第20軍団直属部隊は、第2ニュージーランド師団の残存部隊を包囲しようと試みたが捕捉に失敗してしまった。第102トレント師団は東方へ進撃したイタリア軍3個師団の中でもっとも弱体であり、もはや投入場所もないため、トブルク包囲網の支援に向かうべく移動を開始した。

トブルクでは西方の第27ブレシア師団に対して突出してきた連合軍の歩兵2個大隊と戦車1個大隊が夜間攻撃を行ってきたが、1.0の戦力比にしかならず、堅固な陣地による枢軸軍は攻撃を撃退した。この西方の脅威に対応するためトブルク包囲網の枢軸軍は陣地線を整理し、予備兵力を攻撃を受けている戦線へ派遣した。

第35ターン

第102トレント師団は戦略移動により、リビア・オマール付近に達した。その他の部隊は休養に専念した。前のターンの進撃によって補給線を断たれたことにより、連合軍はかなり衰弱してきた。

第36ターン

両軍とも休養に専念した。

11月25日

補給レベルは、第17パヴィア師団、第25ボローニア師団、第55サヴォナ師団は「防御」。アフリカ軍団、第15・21装甲師団、第90軽装甲師団、第5、8(独)、104、105、155、361連隊、第27ブレシア師団は「攻撃」。残りは「標準」。

第37ターン

ドイツ軍の3個師団は補給切れで弱体化しているソファフィ北方の第4インド師団に対して全面攻勢を開始した。この戦線では4ヶ所で攻撃を行い、戦車2個大隊、自動車化歩兵2個大隊、対戦車1個中隊を壊滅させ、自動車化歩兵2個大隊にかなりの打撃を与えた。また第101トリエステ師団はブクブクに攻撃を行ったものの失敗に終わってしまった。第132アリエテ師団とイタリア第20軍団直属部隊は敗走する連合軍を北へ追撃した。なお、このターンの東方の戦場での連合軍の航空支援にはすさまじいものがあり、11ヶ所で爆撃を受けた枢軸軍は特に歩兵部隊に甚大な損害を被ってしまった。

トブルク方面では西部の包囲線を守る第27ブレシア師団に「攻撃」レベルの補給を与え、ロンメルに指揮をさせて防備を固めさせた。このため、連合軍の包囲線突破攻撃を1対1の比率もたたせずに失敗に終わらせた。

第38ターン

エジプト方面では連合軍最後の補給源には連合軍の司令部ユニットが陣地を構えて死守していることが判明し、質的に劣勢で装甲部隊の支援もない第 101トリエステ師団では攻略は困難と判断し、第101トリエステ師団にはブクブク攻略とその西方でハルファヤ峠との間にある連合軍掃討の任務を与える事にし、補給源攻略には南方から急進した第132アリエテ師団とイタリア第20軍団直属部隊をあてる事にする。

枢軸軍は全面攻勢を続行し、第4インド師団の自動車化歩兵2個大隊をはじめとして第2ニュージーランド師団の機械化偵察大隊、対戦車中隊、さらに司令部を3ユニット壊滅させた。もうドイツ軍をトブルク方面に引き返させても大丈夫のような気がするが、今しばらく連合軍の残存部隊を徹底的にたたく事にした。

そのトブルク方面では砲撃戦によって連合軍の突出してきた部隊に大きな損害を与えたが、こちらも第27ブレシア師団がかなりの被害を受けてしまった。しかし、連合軍攻撃部隊は攻撃を断念して要塞内に撤退し、こちらも東方から急行しつつある第102トレント師団がすでにビル・エル・グビ付近にまで到達しており、当面は包囲線を維持できるであろう。

第39ターン

第132アリエテ師団とイタリア第20軍団直属部隊は連合軍のエジプト方面における最後の兵站部を破壊し、連合軍の補給源はトブルクを残すのみとなった。枢軸軍はこのターンにさらに自動車化歩兵大隊2個と戦車大隊を壊滅させ、第2ニュージーランド師団と第4インド師団の戦闘部隊はほぼ全滅したと思われる。トブルク包囲線では突破部隊こそ後退させたものの、連合軍の砲撃で第27ブレシア師団はかなりの損害を受けて戦力が低下し、危険な状態である。幸い第102トレント師団がすでにエル・アデムの南方にまで近づいてきており、明日にはトブルク包囲線を守るための機動予備として機能できるであろうが、この師団だけでは攻勢に転じたり、トブルクの連合軍を野戦によって撃破するには完全に力不足である。

現状ではエジプト方面では多少の戦力を引き抜いても戦線は崩壊しないが、第132アリエテ師団は即時トブルクに向けて移動させ、第101トリエステと第20軍団直属部隊は、明日一杯、掃討とブクブク攻略を行った後に撤退させる事にする。ドイツ軍部隊は第29インド旅団を壊滅させて、トブルク以外の連合軍が全滅してから撤退させることにする。しかし、一つ疑問なのは連合軍の増援である第2南アフリカ師団は増援到着地が枢軸軍制圧下にあっても登場するのだろうか。

第39ターン戦況図11月25日の枢軸軍の攻勢終了時

第40ターン

枢軸軍は第132アリエテ師団を戦線から引き上げる一方で部隊の再配置を実施した。これまでの戦闘で枢軸軍は自らの損害の3倍以上の損害を連合軍に与えたと推定できるが、損害は決して軽視できる軽さではない。特に歩兵部隊の損害は大きく、ドイツ軍部隊の歩兵の損害ですら回復しきれていない。これに比べれば装甲部隊の損害は軽微でドイツ軍・イタリア軍ともにほぼ作戦開始時の戦力を維持しており、補充も5ポイント残っている。これは枢軸軍が装甲部隊を非常に慎重に使ってきた事(低戦力比の攻撃はしない・極力対空砲部隊とスタックする・集中的に使用する・歩兵部隊が空けた穴になだれ込むために予備部隊として後方に待機していた事が多い)と歩兵に比べると部隊数の割に補充が多い事、歩兵に比べて砲爆撃に対して強い事、陣地戦になり連合軍の砲撃によってかなりの損害を受けているトブルク付近の部隊に装甲部隊が含まれていない事などが理由である。このため今後は方針を変更して装甲部隊を前面に押し立てて歩兵部隊の温存を図る事にした。

第41ターン

エジプト方面では第132アリエテ師団をソファフィ付近に集結させ、イタリア第20軍団をブクブク付近に集結させようとしたが、道路が渋滞し、予定の行動を実施しきれなかった。第102トレント師団はトブルク包囲線の第27ブレシア師団と第17パヴィア師団の後方に展開を終了した。

第42ターン

休養に専念して、翌日に備える。