マッターホルン・ブライトホルン登山(2003年夏)

お留守番組はウンターロートホルンへ (2003年7月21日)

お留守番組はウンターロートホルンUnterrothornへ

NAOMIが口がまずいとよく言っている。手足口病かしら???食欲もおちている。昼寝をさせようとしてもなかなか眠らない。
今日はTADAはモンテローザへ登りに行っているのでNAOMIと二人でロートホルンへ行くことにする。

2台デジカメを持ってきたが1台壊れてしまって留守番組はカメラが無いのが残念。
8時発スネガへの地下ケーブルに乗る。NAOMIが寝てしまうので一往復してしばらく眠らせる。
小さいブランブラン(ゴンドラ)と大きいブランブラン(ロープウエー)に乗ってロートホルンへ日本人がいっぱい。でも、残念ながら上へ着くと雨、寒いのですぐに下る。雷が鳴っているけどTADA大丈夫かしら?(後で分かったことだがこの日、マッターホルンで落雷で2人死亡していたらしい)

ツェルマットへ戻り、ガイド組合へ行って明日からの私のモンテローザ、デュッフェルシュピッツェのガイドを頼んでくる。
昼過ぎ、NAOMIのウンチが柔らかかったので、風呂に入ってきれいにしてゆっくりしていると、びしょびしょに濡れたTADAが登れなかったと言って戻ってくる。体調悪そう、顔色よくないし、おなかの調子も悪いらしい。TADAが買ったばかりのストックを壊してくる。 夕方、新しいのを買おうと思ってお店に行く、直せるかもしれないので壊れたのも持っていく。壊れたのを見せると「ここで買ったの?」と聞かれそうだと答えるとしばらく直そうと努力して、その後、新しいのをくれる。わー申し訳ない。ありがとう。

その後義理を感じてこのお店でいろいろなものを買う。モンテローザ小屋で温かい飲み物をもらったと聞いたのでアルミの水筒を買う。

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